イントロダクション
風景が、まるで生きもののようにまじわる街、東京。
ビルの間を抜けてゆく雲、夜の道に連なる車のあかり、器用に交わし合う人の波。
駆けてゆくようなテンポで移ろう風景は、街をおのずと高揚させます。
そんな東京のどこかから、そして何かから逃げてきた女優・トウコ(小林聡美)。彼女がゆく先で出会うのは、やはりどこか別の風景を探してさすらう、迷いの人びとでした。
深夜の高速を車で走るナガノ(加瀬亮)、映画館で働くキクチ(原田知世)、動物園にアルバイトの面接を受けに来たヤスコ(黒木華)。彼らとのそれぞれの時間が、トウコに忘れかけていた風景をよみがえらせ、ふたたび歩き出した彼女の中には、新しい日常が光りはじめます。それは、東京の街を包む朝もやのような、やさしく確かな光のはじまりでした。
人と場所との関係をシンプルに見つめてきたプロジェクトが、いま見つめるもの。それは、日々の暮しを営む街、東京と、そこに生きる彼ら自身の姿です。
みんなと同じ方を向いていれば、過不足なく安泰でいられると信じている街。そして、ひとりでいることと、誰かと一緒にいることの境界が曖昧になっている人びと。そんな風景の中で、人が人とふれ合うことは、むずかしく、特別なことのようになっていったのかもしれません。
それぞれの生きものが、それぞれの時間を過ごす中でうまれる、ふとしたまじわり。そんな小さな出会いがもたらす、心うるおう時間。人は、そんなうるおいの源を、ひとりひとりの中に持っているのではないでしょうか。
どこへ向かうのか、さすらいながらも道を選んでいく人びと。
いま見つめているものの、さらにその先へ続く、日常という果てしない旅路。
まじわることのなかったかもしれない、けれどまじわった、誰かとの時間。
日々の風景の中に、そして自分自身の中に、オアシスを探す旅へ出てみませんか。
そこにはきっと、東京の「いま」が見えてきます。
物語
深夜の国道。走るトラックへ向かって駆け出した喪服の女・トウコは、コンビニの前でその様子に気づいたナガノの、見事な回転レシーブによって助けられる。車に乗り込もうとするナガノに走り寄り、「乗せてください」と頼むトウコ。「こんなにたくさんレタスのダンボールを積んでるヒトに、悪いヒトはいない」からだという。二人を乗せ、車は高速道路へ進む。女優として仕事をしているトウコは、衣装を着たまま撮影の現場から抜け出してきたのだと話す。どこかとらえどころのないトウコの話を、半ば疑いながら聞くナガノ。彼もまたゆく道を見失い、止まってしまった人だった。やがて、車は夜明けの海岸へたどり着く。朝もやのかかる風景が、水平線の、その先を見つめるトウコの心をやさしく輝かせていった。
とある夜。トウコは、ふと入った小さな映画館で眠りこんでしまう。目覚めると、そこには懐かしい知り合い、キクチが立っていた。かつてシナリオライターをしていたキクチは、あるとき唐突に仕事を辞め、今は映画館で働いている。あれからは一切シナリオを書いていないというキクチに、トウコは「なぜ辞めたのか」、そんな素直な問いをやさしくストレートに投げかける。仕事や自分のことを感じるままに語っていくキクチ。彼女がたどってきた悩める道は、トウコが歩み続ける道でもあった。一つのことを長く続けること、そして、かつての場所に戻ること。「この頃シナリオを書いていた頃のことを思い出す」と話すキクチに、トウコは「また書いてみたら」と明るく語りかけ、そして自らの中にも新しい風が吹き込んでくるのを感じていた。
のんびりとした動物園。トウコは、からっぽのツチブタの柵の前に佇む女・ヤスコに声をかける。運が良くないとツチブタは見られないと話すトウコに、ヤスコは「私は運に見放された女」だと言い放つ。美術大学を目指す浪人生だったヤスコは、自分に見切りをつけるため、この動物園にアルバイトの面接を受けに来た。そして、その面接にすら「たぶん落ちた」と肩を落とす。猿山の猿たち、草をはむキリン、カメラを構え、動物を見つめる人。それぞれの生きものがそれぞれの時間を過ごす園内を、ゆっくりと回るトウコとヤスコ。鳥の柵の前に立った二人は、天井に縁どられた小さな空を見つめる。そして、この世界のどこかの、たった一人で歩く生きものたちのことを思う。ヤスコにまっさらなはじまりの気配を感じながら、トウコは再び、かろやかに歩き出していった。
東京の街にうまれる、日常の中のふとしたまじわり。
そんな瞬間を重ねながら、トウコの歩くテンポは決して定まることなく移り変わってゆく。それはまるで駆けてゆくような、そして流れるようにのびやかな、東京という街の持つやさしいテンポである。
再び歩き出したトウコの前には、きっと見慣れたはずの、けれど新しい東京の街が、光りゆらめくように動きはじめていた。
キャスト
トウコ 小林聡美
主な映画出演作に『かもめ食堂』(06)、『めがね』(07)、『ガマの油』(09)、『プール』(09)、『マザーウォ―ター』(10)など。TVドラマは「すいか」(03)、「神はサイコロを振らない」(06)、「2クール」(08)ほか。「ワタシは最高にツイている」(幻冬舎)などエッセイ集の出版も多数。
ナガノ 加瀬亮
主な映画出演作に『硫黄島からの手紙』(06)、『めがね』(07)、『それでもボクはやってない』(07)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、ブルーリボン賞、報知映画賞など数々の賞を受賞。ほか、『プール』(09)、『おとうと』(10)、『アウトレイジ』(10)、『海炭市叙景』(10)、最新作は、12月公開『永遠の僕たち』。
ヤスコ 黒木華
NODA・MAP番外公演「表に出ろいっ!」(10)のヒロインオーディションを受け、中村勘三郎(父役)と野田秀樹(母役)との3人芝居で娘役に大抜擢される。NODA・MAP第16回公演「南へ」(11)、阿佐ヶ谷スパイダース「荒野に立つ」(11)に出演。秋には蜷川幸雄演出公演「あゝ、荒野」への出演を控えている。
キクチ 原田知世
主な映画出演作に『姑獲鳥の夏』(05)、『サヨナラCOLOR』(05)、『紙屋悦子の青春』(06)、『となり町戦争』(07)、2012年1月公開予定『しあわせのパン』。2011年NHK前期連続テレビ小説「おひさま」など数々の話題作に出演。歌手としてもデビュー以来コンスタントにアルバムを発表。
スタッフ
監督・脚本 松本佳奈
多摩美術大学グラフィックデザイン卒業。数々のCM演出を手掛けたのち、『めがね』でメイキング映像から特典映像のクレイアニメを演出。監督デビュー作『マザーウォーター』に続き、本作は2本目となる。『東京オアシス』では、トウコとキクチの映画館での物語の監督と、トウコとヤスコの動物園での物語の脚本と監督を担当。
監督・脚本 中村佳代
日本大学芸術学部映画学科卒業。CM制作会社ピラミッドフィルムを経てフリーランスで活躍。CM、PVを多数手掛ける。主なCMに、「ローソン・ロールケーキ」「JACCS CARD」「NHK BS パラボ刑事 風が吹く」「サッポロ一番 塩カルビ味焼そば」など。PVは、 「曽我部恵一BAND・永い夜」「髭・青空」「カジヒデキ・WHITE SHOES」など。『東京オアシス』では、 トウコとナガノの高速での物語の脚本と監督を担当。
脚本 白木朋子
日本大学芸術学部卒業。前作『マザーウォーター』に続き、今作が2本目。『東京オアシス』では、トウコとキクチの映画館での物語を担当。また、『東京オアシス』のDVDに収録予定の、光石研、市川実日子、もたいまさこが出演するスピンオフ企画の脚本を担当。
音楽 大貫妙子
1973年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。76年のソロ・デビュー以来、最新作「UTAU」を含めて27枚のオリジナル・アルバムをリリース。日本のポップ・ミュージックにおける女性シンガー&ソング・ライターの草分けのひとりとして、その独自の美意識に基づく繊細な音楽世界、飾らない透明な歌声で、多くの人を魅了している。『めがね』(07)、『マザーウォーター』(10)で主題歌を担当し、『東京オアシス』では、主題歌のみならず、劇中の音楽も担当。